第1回

戸田奈津子さん

 



■戸田奈津子(とだ なつこ)さんプロフィール

東京都出身。お茶の水女子大学附属高校を経て、津田塾大学英文学科を卒業。1980年に「地獄の黙示録」の字幕を手がけて反響を呼ぶ。英米映画の字幕翻訳家の第一人者として活躍中。



●お茶の水女子大学附属高校
【創立】明治15(1882)年/【校長】鷹野光行


上田 麗(うえだ うらら)さん

 お茶の水女子大学附属高校2年。大学は芸術(美術)学部を志望。将来はデザイン関係の仕事につきたいと思っている。

大野 公美(おおの くみ)さん
 お茶の水女子大学附属高校2年。大学は医学部を志望。座右の銘は「臨機応変」。

木村 香葉(きむら かよ)さん
 お茶の水女子大学附属高校2年。大学は理科系学部を志望。最近は、月1本のペースで映画を見に行っている。

字幕人生まっしぐら

映画館に足を運ぶと、必ずといっていいほど、字幕翻訳家として戸田奈津子さんの名前がスクリーンに浮かび上がる。「地獄の黙示録」「タイタニック」「ロード・オブ・ザ・リング」……戸田さんの手がけた翻訳は数知れず。少女のころからの映画好きが高じて、ついに映画の世界で生きる道を切り開いた戸田さんに、字幕翻訳のコツや夢実現のためのカギを教えてもらった。


完成までに試写を3回


木村
字幕はどうやって作るのですか? 1本の映画の字幕を仕上げるまでに、どれくらいの時間がかかりますか?

戸田
仕事のおもなプロセスをお話しましょう。シナリオにざっと目を通したうえで、映画の試写を観ることからスタートします。大きなスクリーンで映画を観て全体像をつかみ、その作品に取り組むための心の準備をするので、はじめの試写はとても重要です。と言ってもじっくり鑑賞してはいられません。みなさんもご存じのように、人物のせりふと字幕がぴったり合っていないといけないわけだから、せりふの区切りとなる箇所に斜線を入れていきます。つまり、「ここからここまでのせりふが一つの字幕となる」という区切りを、画面の動きを見ながらすかさず手元のシナリオに入れていくわけです。その区切りの秒取を工場で観てもらってからいよいよ翻訳にとりかかります。翻訳にあてがわれているスケジュールは約1週間。終了後、2度目の試写を観て、原稿の細かい部分をチェックします。たとえば、“This book”を「この本」と訳しても、画面では遠くを指すジェスチャーをしているなんていうときは、「あの本」と訂正しなくてはなりませんね。テンポよく読める文章になっているかをチェックすることも大切です。こうして忙しく手直しした原稿は私の手を離れ、フィルムに文字を入れるための工程に入っていきます。それから、3度目に字幕の入った映画の試写を観て、不自然な表現はないかなどをチェックし、最終訂正を入れます。これでできあがり。1本の字幕が完成するまでに2週間ちょっとかかります。


10文字で勝負の世界



大野
せりふは長いものや短いものなどいろいろあると思いますが、それらをどうやってわかりやすい自然な会話になるように訳すのですか?

戸田
字幕の翻訳にはいくつかのルールがあります。集中してスクリーンを見ているとき、ふつうは1秒に3〜4文字は無理なく読みとれて、画面の動きにもついていけます。それと、スクリーンの天地(上下の長さ)に縦1行で入りきる文字数は10文字となっています。このルールにあてはまるように工夫しながら訳を考えるわけです。たとえば、一人が3秒間せりふをしゃべっているとして、直訳すると何十文字にもなる場合でも、せいぜい12〜13文字までに縮めなくてはなりません。

上田 
そういうルールに従って訳を考えるとき、どんなことに気をつけますか?

戸田 
映画そのものを十分に味わえるような訳をこころがけます。せりふに込められた感情や声の調子を生かすために、語尾一つにも神経を使います。“Give me a call.”と女性が優しくささやいていたら、「電話して」ではなく「電話してね」とするだけで表情ががらりと変わります。また、文字数が限られている以上、省略や意訳はやむを得ないとしても、ディテールを大切にしなくては見応えを損ねます。“I haven't met her for six months.”は“six months”が重要なディテールなのだから、「ずっと会っていないの」としてしまってはだめなのです。

木村 
英語にしかないような表現を訳すときにはどうするのですか?

戸田 
そこが難しいところです。シナリオを尊重しつつも、外国語という異文化を、自国の文化にあてはめてすんなりと理解できるように訳すことが大切です。映画は映像や音楽など、せりふ以外の要素も含めトータルで楽しむものだからです。字幕翻訳家としての私に大きな転機をもたらしてくれた映画「地獄の黙示録」に出てくるせりふ、“Take care of him with extreme prejudice.”は直訳すると「極端な偏見をもって彼を始末せよ」となり、この日本語ではピンとこない。「殺せ」という命令を婉曲的に表現しているのであり、その味わいを生かすとなると、一方でストーリーの展開上重要なせりふを、観客が理解できなくなるおそれがあります。このバランスは実に難しいけれど、映画が「商品」である以上、後者を優先させるべきだと私は考えています。そこで、「彼を暗殺せよ」と訳しました。


長期戦で夢をかなえる



大野 
いつごろから字幕翻訳家になるという夢をもったのですか?

戸田 
私は小学生のころから映画少女でした。終戦直後の娯楽も何もない日本に洋画が入ってきて、みんな夢中になりました。当時小学生だった私も母に連れられて、胸をわくわくさせて見入ったものです。中学生になると英語に興味をもつようにもなり、映画館通いにますます拍車がかかりました。お小遣いはそんなにあるわけじゃないから、映画雑誌の試写招待に熱心に応募して。高校時代に観たイギリスの名画「第三の男」にはすっかりシビれて、この映画ではじめて字幕というものを意識しました。東京中の映画館を回って何度も観たから、もう全部のせりふを暗記できるほどになっていましたよ。大学3年になって、そろそろ将来を考えるころになると、自然と字幕翻訳の仕事に就きたいと思うようになりました。でも、当時はそんなことを考える人はごく少数。友だちに話しても、「変わった人」と思われるのがせいぜいでしたね。


上田 
自分の好きなことを仕事にするのは、とてもすてきなことだと思います。夢をかなえるために大切なことは何でしょうか。

戸田 
最近では字幕翻訳家になりたいという若い方がたくさんいて、相談を受けることもあります。そんなときに必ずお話することは、「おもしろそうだし、私にもできそうだ」といった程度の甘い考えでは、とてもなれはしないということ。でも、たとえ何年かかってもねばり強く努力するという意志があれば、不可能ではないとアドバイスします。このことはきっとどの職業についてもあてはまるのではないでしょうか。もちろん、字幕翻訳は専門の養成所などなく、決まったルートもないので、この道に就くのは特に難しいといえます。だからといって、ではほかの仕事は簡単に就けるかというと、そうではないと思います。私は一般企業に就職した後に字幕翻訳家の道をめざしましたが、初仕事を手に入れるまでに大学を卒業してから10年かかりました。みなさんは驚かれるかもしれないけれど、そうやって何年もかかって夢をかなえている人はたくさんいます。人生を賭けて努力し続けることが、夢の実現につながるのではないでしょうか。