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【巻頭インタビュー】石井 米雄さん/神田外語大学・学長 2003.秋号より

語学修得の鍵は「動機づけ」に尽きる。
使う必要性と雰囲気づくりが大切です。



タイ研究者の
体験的「言葉と文化」論




疎開先での庄内弁に興味を持つ子どもだった。
タイ留学を経て、歴史や文化研究への情熱が湧いた。





終戦の年の1945年、私は旧制中学の3年生でした。東京生まれでしたが、戦災で家が焼けて山形県酒田市に疎開していたのです。そのときに東京以外のカルチャーと初めて出会ったのですが、庄内弁が音韻的に非常に面白い方言だな、と思った記憶があります。例えば百円の「ひゃ」が「HYA」でも「FYA」でもない、アルファベットでは表現できない両唇(上下の唇)による摩擦音だったんですね。言葉は地域の文化を反映して面白いな、と。実際、「あの頃から言語にすごく興味をもっていたね」と、当時一緒に疎開していた従兄弟から後になって聞きました。だから言語学を好きになる下地が私の中にすでにあったのでしょう。


戦後は、東京に戻って旧制高校(第一早稲田高等学院理科)に入り、その後、新制大学に切り替わって早稲田大の文学部で学ぶことに。教育学部に非常勤講師として来ていた小林英夫先生という言語学者と出会い、本格的に興味を覚えたのです。

小林先生が「君はアジアの言語をやったらどうだ」と。言語学を本気でやる気なら、退路を断てという助言だなと解釈しました。当時、マレー語もいいかなと思っていたけれど、もっと人が読めない言語が面白いだろう、都合の悪いことを手帳に書くにも便利かな(笑)と。だから、割りと主体性なく「タイ語」を選んだのです。


言語は必要な状況にならないと覚えられない。
趣味でやるなら、辞めた方がいいとあえて言う。



能力よりも強い動機づけさえあれば、言葉は自然に覚えるのです。例えば私は娘が中学1年の時にロンドンに留学しました。当時娘は日本で「I am a girl」とかを習ったばかり。しかし、ロンドンでは英語ができないと友達とも遊べない。だから必死で覚えて、半年であれよという間にできるようになったのです。今は国際化だとか言って、幼稚園から英語教育を進めていますが、ただ英単語を教えるだけでは意味がない。使わなきゃならない必要がないとダメなんですよ。

私はよく「趣味でフランス語やドイツ語をやりたい」と相談されますが、そういう人には「趣味でやるんならお辞めなさい」と皮肉を込めて言うんです。例えばガーデニングをやりたいからドイツ語を覚えるとか、フランス料理を勉強したいからフランス語をマスターするとか、「何かをやるためには、言葉ができないと困る」という状況が必要。国際化といったお題目を唱えるだけではダメで、本人に強制力が働かないと言葉は身につかない。そういう状況をつくり出すべきなんですよ。

※インタビュー全文は、ドリコムアイ2003年・秋号に掲載しております。お申し込みはこちらから。