21年前恩師に教えられた
毎日「書く」ことの大切さ

  私は学生時代から毎日日記をつけている。国文科の恩師・中田武司教授から、こう教えられていた。
「馳くん。学校の先生になろうかという者は、毎日文章を書き続ける習慣を身につけておかなきゃだめだ!」
「どうしてですか?」
「先生になったら、その事務処理量たるや想像を絶するモノだ。授業の予習復習ノートの作成に始まって、担任している生徒について気付いたことをチェックしておいたり副教材としてのプリント作ったり、校務分掌で担当する分野の報告書作成したりで、一日中書類作成しなきゃいけないんだから」
「国語の教員たる者、まず字が上手じゃなきゃいけない。別にキレイな字じゃなくてもイイ。丁寧な字を書いて、子どもたちのお手本にならなければならない。黒板に書くチョーク文字や、添削して返すノートの赤文字を生徒たちが見ることによって、心の通った教育が実現できるんだ。そんなときに丁寧な字で書かれてあれば、子どもたちは自然と先生のことを尊敬できるようになるんだ。」
「子どもの前で、丁寧で、書き順も正確に書いてみたまえ。それに生徒のノートに誰に見られても恥ずかしくない講評の文章を赤文字で入れてみたまえ。そのノートが生徒にとって一生の宝物になるんだよ。国語の授業とは、表現力と理解力を身につけてもらうことでしょ。その第一歩が、先生が生身の丁寧な字を書くことなんですよ」
「それと日記と、どう関係あるのでしょうか」
「にぶいねぇ。毎日、字を書き続ける習慣を身につけると、自ずともっと工夫してきれいに丁寧に書いてみようという気になるんですよ。同じ平仮名や漢字を書くにしても格好良く、見ている人がイイ気分になるような字を書こうという気持ちになるように自分を仕向けるんです。そのためには、書くことに億劫であってはいけないんです。少々疲れていても面倒くさくても、必ず毎日一定の分量を書く習慣を身につけることなんです」

習うより慣れろ」を
教育のスタート地点に


「1200字を30分で書くというのはよっぽどの集中力が求められます。ですから、書くまでにいかに頭のなかを整理しておくかが問われます。ということは、一日中、何があってどうなったかを、そして周りがどんな反応したのかを心のなかで反復して心の整理整頓をしておかねばならなくなります。そういう訓練が終始されていれば、教員として有効な時間の使い方をすることができるようになります。つまり、いつも生徒に向けての目配り気配りが求められますから、意識のなかには生徒をしっかり観察し、心に留め、アドバイスを的確に送ることのできるシステムができあがります」
「つまり、生徒に心を配り、事務処理能力があり、ちょっとした日常の変化にも敏感に反応したうえで次の一手を打つことのできる教師になることができるのです」
「モノを書くことを日常生活の一部とすることができれば、はるかに人生の幅がふくらみ、好奇心や向上心が身につき、知識欲も身につきます。実は学校の先生に求められるのは、そんな姿勢なんですよ。偉そうにふんぞりかえってるオイコラ先生なんかになっちゃイケないんです。自ら学び続け、自ら考え続け、いつも新鮮な好奇心で子どもたちにアプローチし、そして謙虚に頭を下げ、困難に直面しても笑顔で対応できる先生になるべきなのです。そのために、まず自ら進んで書き続ける習慣を身につけるのです。人間、習うより慣れろ、が教育のスタート地点です」


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馳 浩(はせ ひろし)
1961年5月5日富山県小矢部市生まれ。84年専修大学文学部国文学科卒業。星稜高校でアマチュアレスリングを始め、3年生のとき国体優勝。専修大学ではレスリング部の主将を務める傍ら教員免許を取得。卒業後、母校星稜高校で国語科教員として教鞭をとる。84年ロス五輪にアマレス・グレコローマン90s級で出場。85年長州力率いるジャパンプロレスの門を叩きプロレスラーに転身。その後新日本プロレスの中心選手として、若手のコーチ、選手と会社を繋ぐパイプ役として活躍する。95年7月参議院議員に初当選。96年全日本プロレスに入団。00年6月25日衆議院議員選挙石川一区より出馬、当選。