Part
トップランナーを育てる
芝浦工業大学学長補佐 武田邦彦教授にきく

昨年、ノーベル物理学賞の江崎玲於奈氏を学長に迎えた芝浦工業大学は、来るべき工学大学のあり方を追求するべく、さまざまな試みをスタートさせている。江崎学長との2人3脚で次々と『改革策』を押し進める武田邦彦学長補佐に、学力低下論、理科離れ、21世紀の理科教育の目標などについて聞いた。


平均的学生を育てる従来の教育

 学生のレベルは全然低下していない。むしろ、昔よりも今の学生のほうが工科系大学に入ってくる学生の質は向上している、と私は思っています。簡単にいえば昔はパソコンもないし、英会話ができるような学生が工学大学に入って来たわけではない。総合的に考えると今の学生の方が能力は高い。そのなかで、かつて必要とされた能力の一部については、確かに昔よりも低下しているものもある、という認識です。
 今まで大学は平均的な顔の見えないレベルの技術者を輩出するのみで、特に『科学技術立国』と威張れるようなものではなかったのです。もちろん、日本が高度成長していく上で、非常に強い力になったわけで、それ自体は全然非難されるべきことではない。しかし、大学が研究面においても、教育面においても、真に『科学技術立国』というにふさわしい体制をとれていたかというとそうではありません。
 いいかえれば、今まではセカンドランナーを育てれば良かった。しかし、真に科学技術立国としてやっていくというなら、これからはトップランナーを育てなければいけない。トップランナーの学者とその素質を持った学生を育成するためには、平均的な人間を育てるような今までの教育体制を認めてはダメなんです。才能のある人の能力を伸ばしていく教育をやっていかなければなりません。
 
これからの科学技術は、いままでの科学技術とは違うということです。
 江崎玲於奈学長は『新しい分野では2流の人も1流の仕事ができる』ともいっています。自分の能力を生かすためには新しいところに投資することが必要です。古いところは、社会を変革することはできない。また、社会が期待しているのは古い技術ではなくて、新しい技術なんです。だから、古い技術が重要であるとかそれをすべきであるという議論に巻き込まれてはいけない。


「理科離れ」の必然性
 次に学生の変化に応じなくてはいけない。一般に、今の学生はかつてのように勉強しなくなったといわれていますが、それは違います。
 今は勉強する必要がないんです。
 今の学生の方が、自分がやるべき学問を選択するのが昔に比べて遥かに難しい状況になっている。高等学校を出て大学に入ったときに、さあ自分は何をやるかということを今の学生は考えなくてはいけない。その期間が必要とされます。
 大学教育はそういう学生に対して『自らを見い出し、自らを育成する』ためのサービスを提供する必要があるわけです。
 さらに、これからの社会の中で理科がどのような形で社会や人類の文化に貢献できるのかを考えなくてはいけない。
 もちろん、私自身『理科系』の人間ですから、理科が活躍できるところは必ずある、と思っています。ただし、その場合の理科とは、今までの理科とはイメージを別にするものです。
 物事には温故知新型と未来志向型の2つのタイプがある。温故知新も悪くはない。けれども、あくまでも我々がめざすのは江崎先生流にいえばザ・ドリーム・オブ・ザ・フューチャーなんです。


魅力ある国づくりに貢献する
 科学も工学もある意味では、ようやく人間らしい学問として取り組むことができるようになったといえるでしょう。今までは、食べるものを食べたい、着るものを着たいという基本的な生存を守ろうとしたわけですが、これからは人間として必要な文化とか心の豊かさに、工学や理学がどう貢献できるかが問われることになる。
 最新の技術を利用して、人間が本来持っていた創造性などをより高く表現することができる。そのことによって、文化が進み人々の心が満たされていく。工学の生きる道はそちらの方にあるのではないでしょうか。
 日本はこれから国際的に魅力のある国になっていかなければいけない。それは文化の高さです。日本に来てみたい。留学をしてみたいというような憧れの的になる魅力的な国でなくてはいけない。それに工学や理学がいかに貢献するかということが重要なんです。